もののふが詩を吊るしている

(某所にて)

ヨーグルトが陳列されてる冷蔵品売り場で、
大きなレジ袋に「しきしまのふーちゃん」をどっさり買い込んで提げてる人が居た。
もっと言うと、丸めた頭で耳にイヤホンを捻じ込んだ強面のお洒落なお兄さんが
大量のふーちゃんでレジ袋をもそもそいわせながらヨーグルトの品定めをしている。

自分なぞは可愛げのないもの、可愛らしいものまでほぼ何でも食べるが、
お菓子のたぐいなら必ず帆布や木綿のトートバッグに詰め込む。
それを、中身が見えないように風呂敷や手拭いなどでバサリと覆い隠す。
断じてエコロジーを意識しているわけではなく、見られるのが嫌でたまらないのだ。

他人様のは見えてしまったら魅せられた事にするが、あのお兄さんは真顔なのがなおいけない。
内心「(王道はやっぱブルガリアだよなぁ)」と好き勝手に賛同しながら
ばかに透明なレジ袋から浮き立つ象徴的な黄色と褐色に目が釘付けだった。
笑わないように我慢するのがこんなにしんどいとは。

時々、自分を客観視出来ているのかどうかも怪しい、
ちょっとずれた人たちを観察できるのが買い物の楽しいところだと思う。


それならオマエはどうだったんだ?と言う話になるが、
せいぜいカラスがネギを背負ったような奴にしか見えないだろう。
引き摺るほど長い袋にぎっしり入った泥葱を引き摺らないように苦心しつつ、
両肩のトートには熱量の犇き合いも甚だしい大量のお菓子が詰まっていた。
でも通行人には葱しか見えてない。他人の理解が及ばない、その境遇が実にいいのだ。



余談だけども、中学時代の悪友Dに
「学校の帰りにお地蔵さんの前で鞄から林檎を取り出して手渡されたのにはびっくりした」
と言う話を六年くらい前に聞かされて自分でびっくりしたのを思い出す。
そう言われてみれば記憶に無くもないし、そんな事をまだ覚えているのかと笑い話で終わったが、
よくよく考えてみるとアレコレ持ち歩く癖みたいなものは昔から変わっていないらしい。

これは上野駅あたりをDとふらふらして、御徒町で珈琲を飲んだ日の事だったのだが、
上野駅に着いて早々立ち食い蕎麦屋で掛け蕎麦を注文した時。
Dは「どうも蕎麦アレルギーっぽいんだよね」と言いながら蕎麦をすすっていた。

心配になったけども、今もちょっと痒いねと言いながら蕎麦をすするより
そこは初めからうどんにしといたら良かったんじゃないのか。
あと、辛いものが苦手なはずなのに七味をパッパとふりかけていたのを確かに見た。


とまあ、友人でも赤の他人でも突っ込みどころの多い人はオイシイなって思う。
こうしてネタになっている事は知らないだろうが。

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